
突然ですが、皆さんは日頃AIを使っていますか?
最近は頻繁にAIという言葉を見聞きするようになりました。
さまざまなメディアで「AIは世界を変える!」と聞くこともあり、仕事や勉強でも「AIの活用を!」と言われる機会も増えてきたのではないでしょうか。
ただ、ちょっとした調べものや文章作成などにAIを使う程度で、「実際の社会課題の解決にAIをどう繋げていよいのかわからない」といった方も多いのではと思います。
今日は、関西学院大学と協働で行った授業の様子をご紹介しながら、「AIによる課題解決の入り口」をほんの少し感じていただけるようなお話をしたいと思います。
神戸市は全国初のAI条例を施行
さて、まず初めに、神戸市とAIの関係を少しご紹介します。
神戸市は、2024年に全国初の包括的なAIに関する条例を施行し、職員がAIを利用する際の安全性の確認義務や禁止事項などを定めました。
これにより、革新的な技術であるAIを、リスク管理を行いつつ積極的に活用することを目指しています。
全国初・神戸市がAI条例を施行 ―神戸スマートシティNewsletter No.001(外部リンク)
ただ、AIの行政への活用には「ハルシネーション(AIが事実と異なる情報を生成してしまう現象)」や「アカウンタビリティ(AIの挙動に誰が責任を持つのか)」などの課題も多くあり、まだまだ活用例は多くない状況です。
とは言え「手をこまねいていても仕方ない!」ということで、今回は関西学院大学の学生の皆さんと一緒に「AIを活用した消費者トラブルの解決」にチャレンジしました。
AIによる社会課題の解決に挑む次世代の人材を育成@関西学院大学
社会的な課題を発見し、AIを使って解決へ導くことができる人材を育成する独自の授業「AI活用人材育成プログラム」を設けている関西学院大学。
そんな関西学院大学に、消費者教育の一環として「消費者トラブルという社会課題にAIでアプローチする授業」をお願いしたところ、ご快諾いただき協働で授業を行う流れとなりました。

消費者トラブル=未だ解決できていない社会課題?
さて、ここで「消費者トラブル=社会課題?」と疑問に思った方もいるかもしれません。
そうなんです、消費者トラブルは、「未だ解決できていない大きな社会課題」の1つと言えます。
最近でも「著名人の偽AI動画による投資トラブル」や「米の値上がりに乗じた米の詐欺通販サイト」が現れるなど、新たな手口は後を絶ちません。
悪い意味で時代に合わせてアップデートされ続けてしまっているのが「消費者トラブル」という社会課題なのです。
〔視点〕 情報を届けたい人にほど届きづらい!?
さらに、この社会課題の解決を難しくしている要因の1つが「情報を届けたい人にほど届きづらい」というパラドックス(矛盾)です。
消費生活センターでは日頃、最新のトラブル情報や対処法をWEB上で発信したり、地域へ出前講座に行ったり、さまざまな方法で情報を届けようとしています。
ただ、ずっとこれらの情報発信をしていると1つ気づくことがあります。
それは、「消費生活センターから情報を得ようとする方ほど元々トラブルに対するリテラシーが高い一方、トラブルにあうリスクが高い人ほど関心が低く情報が届きにくい」ということです。
よって消費者トラブルという大きな社会課題の解決には、この“当たり前になってしまっている現状”への挑戦…、つまり「トラブルや注意情報への意識・関心が低い人に、どのように情報を届けるか」が最大のポイントになります。
デザインシンキングで挑む!
さて、授業の話に戻ります。
今回、学生の皆さんは「AIを使い、通信販売などのトラブルを未然に防止する具体的な提案をする」というテーマにチャレンジしました。
チームに分かれて、実際にWEB上で動く「プロトタイプ(試作)」を作り、プレゼンを行い、フィードバックを受けるまでを、たった4日間で行うというとてもハードな内容です。
なお、授業は「デザインシンキング」という問題解決のアプローチにより進められました。
デザインシンキング(デザイン思考)とは、イノベーションを起こすために、ユーザーに深く共感することから始まり、課題の定義、アイデアの創造、プロトタイプ(試作品)の制作、テストを繰り返しながら、創造的かつ革新的な解決策を見つけ出すための問題解決のアプローチ。
米スタンフォード大学の「d.school」が提唱し、AppleやGoogleなどの企業で活用されていると言わている。
課題を共有する(1日目)

まず消費生活センターから、消費者トラブルがこれまでどのような歴史をたどってきたか、そして今どのような課題があるか等を学生に共有します。
中でも今の消費者行政は、「消費者は保護される存在」という従来の考え方から転換し、自ら考え判断できる「自立した消費者」への支援を中心にしていることを詳しくお伝えしました。
さらに、今回は特に「日常の消費行動と一体となった施策」の必要性をお話しました。
これは先ほど〔視点〕で説明をした、「トラブルや注意情報への意識・関心が低い人に、どのように情報を届けるか」の重要な一つの考え方になるからです。
つまり「自ら消費者トラブルの情報を得ようとしなくとも、普通にネットショッピングをしていたら自然と必要な情報が得られた」
こんな日常の延長にあるようなユーザー体験を作ることを学生の皆さんにお願いしました。
まず学生の皆さんが取り組んだことは、実際のユーザー像(ペルソナ)を特定するためのインタビュー。
「どんな暮らしをしていて」「何に困っているのか」など、ユーザーに深く寄り添ったインタビューを学生自身が行い、ユーザーがもつ「解くべき課題」を模索しました。
課題を決め、アイデアをつくる(2日目)

1日目のインタビューなどをベースに課題を抽出し、原因分析を行います。さらにその分析結果からソリューションを検討し、アイデアをつくっていきます。

授業に協力する日本IBM㈱の技術者が、プロトタイプの設計に向けてサポート。
プロトタイプ(試作)をつくる(3日目)

実際にWEB上で動くようプログラミングをします(学生のアイデアが具現化されていきます)。同時に明日に向けてのプレゼン資料も作成。
プレゼン&フィードバック(4日目)
実際にプログラムを動かしながらプレゼンを行っていただきました。

まずチームAの提案。

実際のサイト上の表記内容を、AIが読み取り、分析。

特に、不自然な表記などを見つけつつ、ダークパターン等の検出によりリスクを分析。
ダークパターンとは…Webサイトやアプリにおいて、利用者の意図に反して特定の行動(例:商品購入、サービス申込など)を誘導する目的で設計されたUI(ユーザーインターフェース)上の細工。

リスクの高いサイトで商品を選ぼうとすると・・・注意が表示され、チャットボットでリスクの詳細を確認できる仕様になっています。

次はチーム2の提案。
チャットボットでは、AIがリスク情報を生成します。

提案は「ウェブサイト安全チェッカー」。

丁寧にユーザーの課題や分析が整理されていました。

実際のツール画面。

詐欺サイトのURLを入れてみます・・・

すると画面右側に複数のセキュリティサイトにおけるチェック結果や、サイトの信頼性についての情報が表示されます。

さらに商品を選ぼうとすると、①不自然な部分に注意が表示されるとともに、②右側のチャット機能でリスクの詳細や実際のトラブルについて学びを深めることができます。
プロトタイプ(試作)と言いつつも、実際の詐欺サイト上で動くよう、しっかりプログラミングされていました。
フィードバック
プレゼン後のフィードバックは、大学教授、日本IBM㈱の技術者、消費生活センターなど、それぞれの立場から多面的に行いました。

担当の西野先生からは、「どちらの提案も、4日間と限られた時間にもかかわらず、よく課題を理解した完成度の高いツールだった」という評価がありました。
また、ツールそのものの出来以外にも、特にチーム2の発表は、実際の画面遷移のイメージがしやすい等、プレゼンとしても高いレベルであったとのコメントがありました。

日本IBM㈱の技術者の方からは、「提案されたようなすばらしい機能をもつ“独自のブラウザ”を作ることも、実はそれほど難しくない」といった夢のあるお話も。
ただ、ブラウザを普及させることにはさまざまなハードルがあるというお話も併せてありました。

他にも消費生活センター職員や、他のテーマでこの授業を受けたことのある先輩(大学院生)からもフィードバックを実施。
それぞれの立場だからこそ言えるアドバイスに学生の皆さんもたくさん頷いていました。
消費者トラブルの課題解決にパラダイムシフトの予感
今回の学生からの提案はどちらも、「自らトラブル情報などを得ようとしなくとも、日常のネットショッピングの中で自然と“注意情報”が示されるもの」(まずは未然防止)でした。
さらにそれをきっかけに、「他のトラブル事例の紹介やトラブルに直面した時の対応策などの“リテラシー向上”に繋がっていく」という提案内容でした。
これは、まさに1日目に学生の皆さんに提示した「情報を届けたい人にほど届きづらい」という課題に対する挑戦であり、「トラブルや注意情報への意識・関心が低い人にも、必要な情報が自然に届く」という、解決策における“パラダイムシフト”を予感させるものでした。
〔最後に…〕 人と人とのつながりが社会課題の解決の礎

このパラダイムシフトの予感。最後に、その要因を整理してみたいと思います。
もちろん学生の皆さんのがんばり、これが一番の要因です。さらに、AIの進化による部分も大きいと思います。が、それだけではこの新たな予感は生まれなかったと感じています。
この予感は、「消費者・企業・大学・行政など様々な立場の人が関わり、人間が中心となり課題解決を目指した」からこそ生まれたものだったと感じています。言い換えると、AI時代になってもなお、社会課題の解決のキーワードの1つは「人と人とのつながり…」、そう感じた授業でした。
これからも神戸市消費生活センターでは、さまざまな立場の皆さまと協力しながら、消費者トラブルという大きな社会課題の解決を目指していきます。
関西学院大学 西野先生、巳波先生、インタービューに応じてくださった皆さま、日本IBM㈱の皆さま、そしてこの授業のために開発・準備をしてくださった関西学院大学の学生の皆さま、ありがとうございました!